大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和57年(わ)385号 判決

主文

一  被告人を罰金四万円に処する。

二  右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

三  訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五六年六月二六日午後七時五九分ころ、道路標識により、その最高速度が五〇キロメートル毎時と指定されている茨城県水戸市城東五丁目一六番三二号付近道路において、その最高速度を三五キロメートルこえる八五キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転して進行したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(当裁判所の判断)

一判示罪となるべき事実の認定について

1  被告人及び弁護人は、「本件公訴事実記載の日時場所において、被告人が、八五キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転した事実はない」旨主張する。

2  しかしながら、被告人が、判示のとおり最高速度違反を犯したものであることは前掲各証拠により明らかである。すなわち、本件速度違反は、いわゆる覆面パトカーの追尾式による速度測定の結果検挙されたものであるが、前掲速度認定カード並びに証人甲、同乙の各証言によれば、茨城県警察本部交通部交通機動隊所属の警察官である甲、乙の両名は、同隊所属の警察用自動車に乗車して、判示日時ころ茨城県水戸市城東五丁目一六番三二号付近の国道六号線(通称水戸バイパス)において交通取締りに従事中、目測により同道路の指定最高速度五〇キロメートル毎時を明らかに超えていると認められる速度で勝田市方面に向けて進行していく車両(被告人運転の普通乗用自動車)を現認し、直ちにこれを追跡、右道路の追越車線上で同車の後方約二〇メートルに追いついた後、その間隔を保ちつつ追尾を続け、双方車両の速度が安定するのを待つて速度測定を開始し、被告人車との車間距離を約二〇メートルに保持したまま、水戸大橋の手前から同橋上にかかる追越車線上において約二〇〇メートルの間追従走行し、この間自車の速度計の指針によつて双方の車両の等速が保たれたことを確認したうえ、速度計のストップボタンを押してその指針を固定させたところ、右速度計の指針は八五キロメートル毎時を示したことが認められる。そして、右覆面パトカーの速度計の正確性については茨城県警察本部交通部交通機動隊作成の交通取締用車両速度計検査票(謄本)によりこれを肯認することができるから、被告人が、水戸バイパスの水戸大橋手前から同橋上にかかる追越車線上において、八五キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転進行したことは明白である。被告人車の速度測定の状況については、検挙後ほどなく作成された本件速度測定カードの記載が最も信用性が高いと考えられるが、証人甲、同乙の各証言は、おおむね相互に符号しており、供述内容にも何ら不自然、不合理なところはなく、その信用性は十分である。そもそも被告人自身、検挙直後パトカーに乗車させられて警察官の取り調べを受けた際、警察官からパトカーの速度計指針を示されたうえ、これを図示した本件速度測定カードの連度計指針欄に押印を求められ、何らの異議なく押印し、取調べに当たつた警察官に対し、「メーターを見ていなかつたためスピードはよく分からないが、大体その位は出たと思う」旨供述しているのであつて、この事実によつても本件速度カード並びに前記各証人の証言の信用性は十分裏付けられているものというべきである。

2  しかるに被告人は、当公判廷において、「水戸大橋橋上での被告人車の速度は出たとしても七五キロメートル毎時前後であり、しかも右の速度で走行したのは、水戸大橋橋上で車線変更した後の走行車線上であつて、水戸大橋手前から同橋上にかかる追越車線上においては、五〇ないし六〇キロメートル毎時の速度を出したにすぎなかつた」旨供述している。しかしながら、被告人の当公判廷における供述を子細に検討してみると、要するに被告人は、水戸大橋橋上でパトカーの測定結果に近い速度で走行した事実はこれを認めながら、その地点を警察官が速度測定を行つたという地点からわずかにたがえることによつて、自己の罪責を免れようと強弁しているにすぎないことが明らかである。被告人は、公判廷において、検挙直後警察官に対し、パトカーの測定結果と同じ位の速度を出したことを認めていたことや、その後昭和五六年八月七日大森区検察庁で取調べを受けた際、「六五キロ位の速度で運転した」と供述したことなどとのつじつまを合わせるべく、わずか四七〇メートル余りの水戸大橋橋上とその前後における走行状況をこと細かに供述しているが、不自然、不合理な弁解が多く、かえつて、被告人の供述からは、当時先きを急いでいたために被告人が一貫して高速走行に及んでいたこと、そして、この間水戸大橋に差しかかる追越車線上において追従走行する覆面パトカーによつてその速度を測定されたという動かし難い事実だけが明瞭に窺える。すなわち、被告人は、第一一回公判において、「水戸大橋の手前から同橋上にかかる追越車線上で、後方の追従車両があまり車間距離をとらずにぴつたりとついてくるので、危険を感じて車線変更をした」と供述したが、もし危険を回避するために車線変更をしたのなら、後方の追従車両を先きにやり過してしまうのが普通であると思われるのに、被告人は、「車線変更後さらに一層加速して進行した」と不自然な供述をしたところ、果して、第一二回公判においては、車線変更をした動機について、「左側に車線変更すれば先きに行ける可能性があると考えた」旨供述を変えた。この供述は、被告人が検挙直後警察官に対し、「時間が遅くなり、友人と会う約束があるためスピードを出してしまいました」と供述したことに符合しており、要するに被告人は先きを急ぐ余り一貫して高速走行に及んでいたことが窺える。そしてまた、被告人は、「水戸大橋に差しかかる追越車線上において、後に覆面パトカーと分かつた渋い色の乗用車にぴったり後方につかれて追従走行された」旨供述しているが、この供述は、覆面パトカーによつて速度測定が行われた地点が水戸大橋の手前から同橋上にかかる追越車線上であつたことを窺わせるに十分である。なお、被告人及び弁護人は、本件覆面パトカーの警察官は、走行車線上で被告人車を追い上げる途中、勝手にパトカーの速度計のストップボタンを押したものであると主張しているが、何の根拠もない主張であつて、言いがかりにすぎないことが明らかである。結局、水戸大橋手前から同橋上にかかる追越車線上の速度が五〇ないし六〇キロメートル毎時にすぎなかつた旨の被告人の当公判廷における供述は、既に被告人自身の供述によつて否定されていると言つても過言ではないのであつて、採用し難いものであることは多言を要しない。

二公訴棄却の主張について

1  弁護人は、「本件覆面パトカーの警察官が赤色警光燈を点燈せず被告人車を追尾し、その走行速度を測定したのは違法であり、違法に収集した証拠を根拠として被告人を起訴したのは違法であるから、本件公訴は棄却されるべきであり、また、本件覆面パトカーの運転者たる警察官にも道交法違反が成立するのに、その刑事責任を追求することなく、もつぱら被告人の刑事責任のみ追求するのは許されず、本件公訴提起は、検察官の訴追裁量権を逸脱してなされた無効なものであるから、公訴棄却されるべきである。」と主張する。

2  しかしながら、本件覆面パトカーの警察官が被告人車を追尾してその走行速度を測定するに際し、赤色警光燈を点燈しなかつたことは違法であるが、その測定結果を記載した本件速度測定カードの証拠能力が排除されないことは、第一七回公判における当裁判所の証拠決定のとおりであるから、検察官が右の速度測定カードその他の関係証拠に基づき被告人の最高速度違反の犯罪事実を認定し、これを起訴した公訴提起の手続に何らの違法もないというべきである。そして、実体的にみても、その犯罪事実というのは、最高速度が五〇キロメートル毎時と指定されている道路で、その最高速度を三五キロメートル超える八五キロメートル毎時で普通乗用自動車を運転したというもので、決して軽微な違反であるとはいえないのみならず、被告人が右のような高速運転をした動機においても何ら酌むべきところは認められないのであるから検察官が、これに刑罰を科するのを相当と認めて本件公訴を提起したのはむしろ当然のことというべきである。なるほど、被告人を検挙した覆面パトカーの警察官にも被告人車を追尾するに当たり、法令に違反するところがあつたが、それは赤色警光燈を点燈して緊急自動車としての要件を具備すべきであつたのに、これを点燈しなかつたというにすぎず、しかも赤色警光燈を点燈しなかつたについては無理からぬ一面もあつたと考えられるのであるから、被告人の道交法違反を検挙するのに警察官も等しく道交法違反を犯したとはいつても、両者の違反の実質的内容は根本的に異なるものというべきであり、これを等しくみて、警察官の違反を不問に付し被告人のみ起訴することが許されないという主張自体失当であるといわなければならないが、そもそも、本件覆面パトカーが赤色警光燈を点燈せずに被告人車を追尾したからといつて、これがために被告人が本件の違反行為を誘発されたとか、あるいは、パトカーの不当な追い上げによつて違反速度が倍化してしまつたというのならともかく、かような事情は全く認められず、かえつて被告人は覆面パトカーの追従走行とは何の関係もなく前述のとおり、先きを急ぐあまり自ら高速走行に及んだことは明らかなのであるから、本件覆面パトカーの警察官が法令に定められた赤色警光燈を点燈しなかつたことと被告人に対する公訴提起の当否とは別個の問題であつて、右警察官に対する道交法違反の起訴、不起訴は被告人に対する本件公訴提起の有効無効に何ら影響を及ぼすものでないことは明らかであるといわなければならない。以上のとおり、本件公訴提起が、違法収集証拠に基づいてなされた違法なものであり、あるいは、検察官の訴追裁量権を逸脱してなされた無効なものであるから、本件公訴は棄却されるべきであるとの弁護人の主張は到底採用することができない。

(法令の適用)〈省略〉

(小圷眞史)

〈参考

第一七回公判における証拠決定〉

被告人 A

右の者に対する道路交通法違反被告事件について、検察官から司法警察員作成の速度測定カード、及び茨城県警察本部交通部交通機動隊作成の交通取締用車両速度計検査表の謄本の取調請求があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

〔主文〕

司法警察員作成の速度測定カード及び茨城県警察本部交通部交通機動隊作成の交通取締用車両速度計検査表謄本を証拠として採用する。

〔理由〕

一 検察官は、司法警察員作成の速度測定カードを刑事訴訟法三二一条三項に基き、茨城県警察本部交通部交通機動隊作成の交通取締用車両速度計検査表の謄本を同法三二三条二号ないしは三号に基きそれぞれ取調請求をし、一方、弁護人においては、「本件速度測定カードは、司法警察員が法令に違反する行為をして得た結果を記載したもので、本件公訴事実立証のための証拠能力を欠いているのみならず、右速度測定カードは刑事訴訟法三二一条三項にいう『検証の結果を記載した書面』には該らない、また、本件検査表(謄本)は、同法三二三条二号ないし三号の書面に該当しないから、これらの書面を証拠として採用することには異議がある」旨主張する。

二 速度測定カードについて

1 既に取調済みの関係各証拠によれば、本件速度測定カード作成の経緯として次のような事実が認められる。すなわち、茨城県警察本部交通部交通機動隊所属警察官である甲、乙の両名は、昭和五六年六月二六日午後七時五九分ころ、茨城県水戸市城東五丁目一六番三二号付近の国道六号線(通称水戸バイパス)路上において、同隊所属の警察用自動車(いわゆる覆面パトカー)に乗車(甲が運転、乙が助手席に同乗)して交通取締りに従事中、目測により右道路の指定最高速度である五〇キロメートル毎時を超える速度で走行していると思われる車両(被告人運転の普通乗用自動車)を現認し、直ちにこれを追跡、同車の後方約二〇メートルに追いついた後、その間隔を保ちつつ追尾を続け、双方車両の速度が安定するのを待つて速度測定を開始し、被告人車との車間距離を約二〇メートルに保持したまま約二〇〇メートルの間追従走行し、この間自車の速度計の指針によつて双方の車両の等速が保たれたことを確認したうえ、速度計のストップボタンを押してその指針を固定させた。右速度計の指針は、八五キロメートル毎時を示していたので、甲らは、ここで始めて赤色警光燈をつけるとともにサイレンを鳴らして被告人車を追跡し、水戸大橋の勝田市側出口を通過した先でこれを停止させた。甲らは、被告人をパトカーの後部座席に乗車させ、右パトカーの速度計の指針が八五キロメートル毎時を示していることを確認させたうえ、乙において、速度測定カードの速度計指針欄に右の測定結果を記入し、被告人に確認の押印をしてもらつた。被告人車両の速度測定の状況については、右現場で乙が、速度測定カードの裏面に双方車両の走行状況の概略をメモしておき、帰隊後に甲において、前記のとおりの状況を速度測定カードに記入した。以上のような事実が認められる。

2 弁護人は、本件の検挙に当たつた警察官らが、覆面パトカーの赤色警光燈を点燈しないまま被告人車を追尾してその走行速度を測定したのは違法であると主張する。

ところで、消防用自動車、救急用自動車その他の政令で定める自動車で、当該緊急用務のため、政令で定めるところにより運転中のいわゆる緊急自動車については、それらの自動車に課せられた特殊な任務に鑑み、道交法の様々な義務規定の適用が除外されており、特に同法二二条(最高速度)の規定に違反する車両等を取り締まる場合における緊急自動車については、同条の適用が除外されているが(同法四一条)、緊急自動車の具体的要件は、道交法施行令一四条に規定され、これによれば、消防用自動車、救急用自動車等を緊急用務のため運転するときは、道路運送車両法第三章及びこれに基く命令の規定等により設けられるサイレンを鳴らし、かつ、赤色の警光燈をつけなければならず、ただし、警察用自動車が道交法二二条に違反する車両等を取り締まる場合に、特に必要があると認められるときは、サイレンを鳴らすことを要しないとされている。従つて、交通取締りに従事する警察用自動車が、速度違反車両を検挙するに当たり自らも最高速度を超えて走行する場合には、少くとも赤色警光燈を点燈しなければならず、この措置を怠つている自動車は、緊急自動車とはいえないから、その運転者である警察官自らも法二二条一項違反(最高速度違反)の適用を免れないものといわなければならない。本件において、被告人を検挙した警察官は、前記認定のとおり、被告人車の違反を現認してこれを追跡し、速度測定を終了するまでの間、覆面パトカーの赤色警光燈を点燈せず、しかもこの間指定最高速度を超える高速度で右覆面パトカーを運転走行したことが明らかであるから、同警察官に、道交法二二条一項に違反するところがあつたものといわなければならない。

検察官は、「速度違反車両に対する取締りの方法としてはさしあたり、本件におけるような追尾式によるものが最も有効な方法とされているが、この方式は、警察車両が、被疑車両との間に等間隔を保ちながら、一定区間これを追尾して当該車両の速度を計測するものであるところ、この間赤色警光燈をつけて追尾するならば、直ちに被追尾者に察知されて、同人の違反事実を立証するに足りる確実な証拠を収集することが妨げられるのは自明の理であり、本件のような重大な交通事犯について、右のような結果を招来することは、到底容認することのできないことであつたし、一方、本件覆面パトカーの運転者であつた甲は、当時既にこの種速度違反取締りに一三年間も従事してきた経験を有する熟練者であつて、追尾に伴う交通の危険に対する配慮も、それに対処する能力も十分に備えていた者であるから、右警察官が、赤色警光燈をつけないまま被告人車を追尾し、同車と等速の八五キロメートル毎時で走行したのは、交通取締りに従事する警察官としてまことにやむを得ぬ必要性と合理性とによつて支えられた運転行為であるというべく、仮にこれが道交法二二条一項違反に該るとしても、正当な職務行為として刑法三五条によりその違法性は阻却されるものと解すべきである」と主張する。

しかしながら、緊急自動車にサイレンの吹鳴、赤色警光燈の点燈が義務づけられているのは、緊急自動車には、道交法上数々の優遇的な特権が与られ、その反面、一般車は緊急自動車に対する避譲義務が負わされている関係上、緊急自動車が緊急用務に従事中であることを外部に表示して、一般車の運転者らをしてこれを認識させ、もつて緊急自動車の走行により生ずる道路交通上の危険をできる限り減殺し、交通の安全を図ろうとしたものと解されるが、交通取締りに従事する警察用自動車が速度違反を取り締まる場合も、緊急用務に従事中であることの外部的表示が必要なのは同様であつて、当然のことながら、速度違反を検挙するに当たつては、警察車両自らも制限速度を超えて走行しなければならないので、かかる緊急自動車については特に道交法二二条の適用除外を受けさせるとともに、他方少くとも赤色警光燈を点燈すべきことを義務づけて、警察車両の高速走行によつて生ずる危険性をできる限り回避しようとしたものと解される。なるほど、警察車両が赤色警光燈を点燈して違反車両を追尾するならば、被追尾者に察知されて、減速されてしまい、違反事実を立証するための速度測定が困難になる場合のあることも予想されるが、そもそも、道交法施行令一四条但書が、速度違反を取り締まる場合において、特に必要があるときは、サイレンを鳴らすことを要しないと規定したのは、サイレンを吹鳴しながら追尾したのでは、直ちに違反者に察知されて取締りの実効を期し難いことを考慮したものと解されるが、その反面同条但書において赤色警光燈の点燈義務まで解除しなかつたのは、道路交通の安全確保のためには、警察車両が速度違反を取り締まる場合においても、少くとも赤色警光燈はこれを点燈すべきであり、これがために、多少検挙の実効性が害されるところがあつたとしてもやむを得ないとの趣旨に出たものと解される。そうすると単に被疑車両の違反の程度が重大で、検挙の確実性が期し難いという事情があつたからといつて、これをもつて赤色警光燈を点燈せずに追尾したことを正当化することはできないものというべきである。また、右のような法の趣旨からすると、警察車両の運転者が特殊な訓練を受けた熟練者であつて、その高速走行によつて生じた危険の程度は軽微であつたというような個別的事情によつても、赤色警光燈の不点燈を正当化することはできないものといわなければならない。結局、本件覆面パトカーの警察官が被告人車を追尾するに当たり、赤色警光燈を点燈しなかつたのは、違法であるというほかはない。

のみならず、本件覆面パトカーは、被告人車の速度測定のため、これと約二〇メートルの車間距離を保持したまま約二〇〇メートルの間これに追従走行したことは前記認定のとおりであるが、その際のパトカーの走行速度からすると、右パトカーは道交法に定められた必要な車間距離を保つたということができず、その運転者には、同法二六条の違反もあつたものといわなければならない。そして、本件覆面パトカーが緊急自動車としての要件を欠いていたものである以上、法二六条違反についても、その違法性が阻却されるものと認むべき事情は存しないといわなければならない(もつとも、道交法二六条は、緊急自動車であつても、その適用は除外されていないが、速度違反の取締りに従事する緊急自動車たる警察用車両については、その任務遂行の必要上法二六条違反の違法性は阻却されるものと解すべき場合が多いと思われる。大阪高裁昭和五三年六月二〇日判決、判例時報九二六号一三三頁参照)。

3 弁護人は、本件速度測定カードは、警察官の違法行為によつて得られた結果を記載したものであるから、その証拠能力は否定されるべきであると主張する。

なるほど、本件速度測定カード作成の過程において、検挙に当たつた警察官自らも道交法違反を犯すという違法行為のあつたことは前述したとおりであるが、警察官の違反の実質的な意味は、要するに赤色警光燈を点燈すべきであつたのに、これを点燈しなかつたという点にあり、被告人の道交法違反を検挙するのに警察官も等しく道交法違反を犯したとはいつても、両者の違反の実質的内容は根本的に異なるものといわなければならない。しかも、右警察官において赤色警光燈を点燈しなかつたのは、被告人の運転方法が、危険度の高い悪質な違反と認められたし、なお現在の道路状況からすると、かかる場合には特に赤色警光燈を点燈せずに追尾することが許されると判断したことによるものであることが認められる(証人甲の当公判廷における供述)が、警察部内では一般に、警察用車両が赤色警光燈を点燈しないで速度違反車両を追尾することは、重大事故に直結するような無謀運転を取り締まるなど特に必要がある場合においては、正当業務行為として許されるとの見解を採用していることが窺えるし(茨城県警察本部交通部長である証人丙の当公判廷における供述)、本件におけるとほぼ同一の事案について、赤色警光燈を点燈せずに覆面パトカーで追尾した警察官の行為を正当な職務行為であり、違法なものということはできないとした裁判例もある(水戸簡易裁判所昭和五七年一月二〇日判決)ことからすると、本件において前記警察官が赤色警光燈を点燈せずに追尾することが許されると誤認したのも、無理からぬ一面があつたと考えられる(なお、警察用自動車が、緊急自動車としての要件を欠いたために道交法違反の適用を免れない場合であつても、個別的具体的事情のもとにおいて、刑法三五条ないし三七条により違法性の阻却される場合のあることは、一般論としては、当裁判所も、もとより否定するものではない。)。のみならず、本件違反を検挙した警察官に、赤色警光燈を点燈しなかつた違法があるからといつて、前認定のような経緯のもとに作成された本件速度測定カードの証拠価値自体には何らの変更を来すものでないことはもとより、警察官の右違法行為によつて被告人自身が何らかの不当な不利益を受けたというような事情も全くなかつたことが関係各証拠により明白である。

以上のとおり、被告人の検挙に当たり捜査官に違法行為のあつたことは否定することができないが、その違法というのは、要するに警察官が覆面パトカーにより被告人車を追尾して速度測定をするに際し、赤色警光燈をつけるべきであつたのに、これをつけないことも許されると誤認した結果つけなかつたというにすぎず、違法の程度は必ずしも重大なものであるとはいえないのみならず、赤色警光燈を点燈せずに追尾、測定したからといつて、その結果を記載した本件速度測定カードの証拠価値自体には何らの変更を来すものではないことなどの事情からすると、違法収集証拠であるとして本件速度測定カードの証拠能力を否定するのは早計に過ぎるものというべく、右の証拠は、なお被告人の罪証に供することができるものと認めるのが相当である。

4 本件速度測定カードは、二項から成つており、その一項には、被告人車の速度測定の状況が記載され、二項には、右測定状況が略図をもつて図示され、そして三項には、速度計を表わす図面の中に測定結果を示すメーター指針が図示されるとともに数値をもつて記入され、更に同所に被告人の姓である「A」の押印がなされているものである。右のうち、「A」の押印部分は、非供述証拠であるから、関連性が認められれば証拠として用い得るものであるところ、前記のとおり、右押印部分は、被告人を検挙した警察官らが、被告人にパトカー備付けの速度計の指針を示すとともに、これを速度測定カードに記入して、右測定結果を被告人に確認させる意味で押捺してもらつたものであることが認められるから、関連性についての立証は十分であるし、その余の部分については、被告人車の速度測定に当たつた警察官らが、その五官の作用によつて認識した内容を、認識した際の状況とともに記載したものであるから、その作成に至る経緯及び内容に照らし、右書面は全体として、刑事訴訟法三二一条三項の書面として取り扱うのが相当である。そして、その成立の真正については、証人甲、乙の当公判廷における各供述により証明十分であるから、本件速度測定カードは、同条項によりその証拠能力を肯定することができる。

三 交通取締用車両速度計検査表

(謄本)について

証人丁、戊の当公判廷における各供述によると、茨城県警察本部に所属する交通取締用車両の速度計については、同警察本部警務部警務課整備工場において、定期的にその精度検査がなされているところ、本件検査表は、本件違反の検挙に当たつた覆面パトカーの速度計について、右整備工場の検査員である戊が、交通機動隊所属の警察官丁ら立会のもとに、ローラー式高速試験機による四〇、五〇、七〇、一〇〇キロメートル毎時の各段階毎にその精度を実施し、その検査結果を丁において記載したものであること、なお、右検査員の戊は、自動車整備士の資格を有する茨城県警察本部技術吏員で、前記整備工場において、県警察本部に所属するすべての警察用車両の速度計につきその精度検査の職務に従事しているものであり、また、丁は、その職務として、交通機動隊所属の交通取締用車両の速度計につき前記整備工場で行われる検査に常時立会し、その都度検査結果を検査表に記録していたものであることが認められる。してみると、本件検査表は、本件覆面パトカーの速度計につき専ら機械的になされた精度確認の検査結果を立会警察官が、その連続的かつ規則的な職務の一環として記録したものであり、作成者の主観、作為を容れる余地は存しないことが明らかであるから、右書面は、刑事訴訟法三二三条三号にいう「特に信用すべき状況の下に作成された書面」であるということができる。

四 以上の次第で、本件速度測定カード並びに交通取締用車両速度計検査表(謄本)をいずれも証拠として採用することとし、主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例